バイバー(Viber)との出会いと買収交渉【イスラエルとの縁 -1-】
私が初めてイスラエルという国と関わりを持ったのは、2014年1月のことだ。
前職でバイバー(Viber)の買収という仕事に携わったところから全ては始まった。いまやイスラエルにすっかり魅了され日本との事業マッチングに意欲を燃やしているが、ここに至るまでの出来事を改めて振り返ってみたい。
なぜなら、これを読む日本企業の方々がイスラエルスタートアップと向き合うときには同じことを経験するだろうと思ったからだ。そして、イスラエルスタートアップビギナーの皆様には不可解だと感じる事に実は色々と意味があったり、ちょっとした思い違いであることが分かるだろうと思ったからである。
クロスボーダー事業を行う際、多くの人はコミュニケーションコストを意識しない。しかし、実はこれが一番高くつくコストであり、それがうまくいかないことによってどれだけ機会損失が生まれたかに気づくのは、かなり時間が経ってからになりがちだ。
これを伝えるのはイスラエルスタートアップの中に入り込み、毎日のように議論や喧嘩を繰り返しながら、生の経験をしてきた、私にしかできない私の使命だと感じている。
2014年1月〜3月:バイバーM&Aでの出会い
前職でバイバーの買収案件がスタート、海外買収担当者として初めてイスラエル人との交渉の場に出た。交渉が行われたのはイギリス。これがバイバーメディア創業者、タルモン氏との出会いである。
今でこそ親友か家族のように思っている間柄だが、彼らに対する第一印象はお世辞にも良いとはいえないものだった。 何だこれは?というのが正直な感想である。
私の過去の経験からすれば、内容が内容だけにこうした交渉の場には通常緊迫した空気が流れるものだ。買収先の会社はナーバスになっていたり、買ってほしいがために多少媚すら売ってくることもある。
しかし、彼らからはそれを微塵も感じなかった。実際に1,000億円近い規模の買収案件であったにもかかわらず、交渉中も揚げ足を取ったりシニカルな冗談を言っていたりと肩の力が抜けた感じのスタイルなのだ。
さらに、買収の際に重要になる要求質問に対して瞬時で”No”と返したり、”Why do you need to know”と答えたり、海外事業を長くやっている身としてはかなりカルチャーショックを受けた。大半の会話がNoと否定するところから始まり、そこから色々と議論をしていく。そしてこちらが答えられないでいると関心を失う。
海外の契約交渉にはそれなりに自信を持っていた私も、この時ばかりはどうしたものかと思った。ただ、日本でのプロダクト展開や機能趣向などの話には恐ろしい集中力と興味を持って議論していたため、よっぽどプロダクトや技術が好きなんだなという印象を受けたことははっきりと覚えている。
今となってはこのイスラエルスタートアップの交渉スタイルはよく理解できるし慣れたものだが、この時はそれを知るわけもなく、それなりに気持ちが折れた。
彼らは、プロダクトをどう活用するかなどの実務的な話はのめり込んでとことん議論したいが、実務に直結しないそれ以外の話は時間の無駄だと考えているのである。また、議論は自分の考え方のどこが間違っていてどこが正しかったかを確認しながら、互いに納得するまで徹底的に行う。
これが初めてわかったときのことを今でも覚えている。イスラエルに行き始めて少し経ったころ、とある仲良しで自信家のイスラエル人と、バーでかなり大声で議論をしたのだ。
議論の題目は、KPIマネージメントだった。
会社の運営では、単にいいと思うプロダクトを設計して作っていくのが大事なのではなく、ある程度大きくなった際にはあらゆる事象を数値化して評価し、会社として何をやっていくべきかの判断をするべきだという話である。
彼はすごく優秀で有望な人物だが、まだ年齢が若い事もあるのか、とにかく人の言う事をすんなり聞き入れない、そんな人物である。本人はプロダクトの人間で経営には携わったことがない。彼の意見は、KPIを追っかけるのは時間の無駄だということだった。
そのとき私たちは、日本の居酒屋なら誰もが大喧嘩していると思ったであろうくらいの大声を張り上げ、机をガンガン叩きながら議論した。
会社の業績を数値化し、それを細分化し、一人一人の従業員に割り振り、それを元に全員を評価する仕組みを作る大切さ、そしてそれをやらないことでダメになった会社の実際の自分の経験の中での実例を、私もかなり声を荒げて説明した記憶がある(ここは米系の外資系企業でさんざんやってきた自負があるため、自信があり全く引かなかった)。
すると彼は突然、”You know what, you really started to get me to think”と声のトーンを落として考え込むかのような感じで言ってきた。
つまり、何だかよく分からないうちに、彼なりに納得したのである。日本人だったらこうした考え方の違いで大声で議論したあとは、ギクシャクした空気になるものだが、非常に爽やかな空気が場を流れた。
また、バーにいる周りの人も、全く気にせずである。この時初めて、ああ、こういうことなんだ……と、その場で議論を終着させ、一定の解答をお互いで見出し先に進んでいく、あの動物園議論の実態が分かった。
その後も彼は私と議論をするのを好んで、バーに飲みに行こうとよく誘ってきた。私の方はそう頻繁に大議論をするのでは疲れてしまうのだが、そこは文化と感覚の違いなのだろう。
買収時の話に戻るが、いずれにせよ、この会社は買収してもとても手に負えないだろうと思い、日本側に報告メールした。のちにこのメールをタルモン氏にも見せて2人で大笑いしたが、当時は心底無理だと思ったのを覚えている。
その後、初対面での印象はともあれ議論は進んでいった。 買収が発表されたのは、忘れもしない2014年2月14日。都内で記録的な大雪が観測された日のことだ。
タルモン氏とイゴール氏も来日していた。都内はタクシーも公共交通機関もすべてストップという状況で、買収発表を祝うパーティーは夜通し続いた。このとき、日本人は私一人だけであった。彼等と打ち解けていろんな話をでき、すこし心が通じるようになったのは、このときが初めてと記憶している。
年中気候の暖かいテルアビブでは、大雪が町の中で降るような事はないので、印象的な情景がそうさせたのかもしれない。はたまた、本当はイスラエル人の気質が自分にあっていたのかもしれない。いずれにせよ、ここがスタートポイントになったのは間違いない。
のちにイギリスにも来ていたバイバーの当時のCPOのミヒャエルに聞いた話では、どうやら交渉の場での印象が良かったとのことだった。個人的には全く理解できなかったが、ようするにイスラエル人流の議論にひるむことなく言い合ったのがよかったらしい。
自分としては先に述べたような彼らの応対に頭に来て、色々と言い返していただけなのだが、それが功を奏したのだろう。買収や投資担当の方々には今後イスラエル企業と交渉する際でのニュアンスが伝わるといいなと思う。
翌月の3月14日には、晴れて買収完了。一旦私はここで役割を終えた。
2014年4月〜9月:日本でイスラエル人と親交を深める日々
その後バイバーの事業は違う部の管轄にうつり、具体的な事業展開に関する議論を重ねることになった。この議論はなかなかハードなものだったと聞いている。
自分が実際に体験したことではなく、横から聞いたり見たりしていたことなので、敢えてここでは詳細は触れないでおく。ただ言えるのは、イスラエル企業のPMIや日本チームを作るのは簡単なことではないと言うことだ。(詳細聞きたい方はご連絡ください…笑)
私はすでにこの件からは離れ別の業務を担当していたのだが、この半年の間に創業メンバーとさらに親交を深め、イスラエルに行かずして、さらにイスラエル人について理解することになる。
タルモン氏が毎月来日するようになり、そのたびに仕事と関係なくほぼ毎日一緒に時間を過ごしたからだ。ほぼ終日、密着である。
買収交渉での印象が良かったのか、それとも日本滞在時のアテンドに喜んだのか、なんとなくウマが合うと思ったのか、真面目に訊いたことがないので理由はわからない。ただ、気がつけば歩き方が似てると言われるほど身近な存在になっていた。
さらに彼はバイバーの主要メンバーを含め、スタートアップのイスラエル人が来日するたび、「日本にいくなら絶対一緒に飲みに行った方がいい面白いやつがいる」と私を紹介した。おかげでバイバーのメンバーと馴染むことができたし、イスラエル人の雰囲気についても随分理解が進んだ。
そのうち私のこともどんどん口コミで広がった。
「イスラエルから知り合いの知り合いが来日するから会ってやってくれ」とか「日本のIT業界について話してやってくれ」といった依頼が大量に来るようになり、ときには居酒屋にいるが店員が英語がしゃべれないからとオーダーを頼まれ、1時間おきに店へ電話をかけてオーダーをしてあげたりしたこともある。
私はこうした付き合いには時間を惜しまなかった。イスラエル人の気質をどんどん分かってきたから(ようするに悪気はないということ)というのと、なんとなくどこかで、この先イスラエルへ行くんじゃないかと予知していたところがあったからだと思う。
10月に入った時点でその予感は的中し、イスラエル人やタルモンとなぜかやたらと仲良くなれるみたいなのでバイバーを担当してくれとアサインされた。行くと決まった時には現地側は随分と喜んでくれたものだ。
ここまで読んでいただき、イスラエルのスタートアップの中に入り込むのは容易な事ではないことは理解いただけるかと思う。大半の日本人にとっては難しいであろう。でもこれは能力の問題ではなく、合うか合わないかの問題でもある。逆に合わないと思うようであれば、我々Jakoreのようなチームに相談しながら慎重に進める方がいいだろう。
次回はイスラエル現地での仕事が始まってからの数ヶ月間について思い起こしてみたい。
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